05


注がれた酒は結構度数の高い酒だった。

ピリピリと舌が痺れる。

これはあんまり飲まない方がいいかも知れない。

酒は普通に飲めるがそこまで好きなわけでもない。弱くは無いが強くもない。普通だ。

顔色一つ変えないで飲んでいる猛はきっと酒に強いのだろう。

俺は一杯だけ飲んで猪口を置いた。

コイツの前で失態は犯せない。

再び箸を手にとり、料理を食べることに専念した。

「なんだ、もういいのか?」

「あぁ…」

「そうか」

てっきり何か言われるかと思ったが、こうもあっさり引かれると逆に疑念が沸く。

微かに眉を寄せた俺を見て、猛が猪口の影でほんの少し口端を吊り上げたことに俺は気付かなかった。

それから猛の言った通り、何事もなく夕食を終えて、迎えに来ていた日向運転の車に乗ってマンションへと辿り着いた。

今後の為にセキュリティの解除方法等を教わり、日向とは部屋の前で別れる。

「それじゃ俺はこれで。拓磨くんまた明日」

ひらひらと手を振る日向を無視して俺は鍵を外した扉に手をかけた。

玄関に入れば後ろから腰に手が回される。

唇が耳に寄せられゆっくりと低い声が囁いた。

「よく逃げなかったな拓磨」

その瞬間、身体が強張り背筋がゾクリと震えた。

無情にもガチャンと背後で鍵の落ちる音がして、部屋が密室とかした。

密着した身体から生温い体温が伝わってきて気持ち悪い。

俺は奥歯を噛み締め、余計な思考を振り払うと口を開いた。

「…試したのか?」

思ったより非難するような低い声が出る。

確かに逃げる隙はいくらでもあった。上総一人を振り切るぐらいの力が俺にはある。客観的に見積もってだ。決して自分の力を過信しているわけではない。

猛は俺の台詞にクツクツと笑いを溢し、俺の腰に回っていた手が胸元まで上がってくる。

「まさか。俺がお前を逃がすわけねぇだろ」

それは、もし俺が今日上総を振り切って逃げていたら…。

何処にも逃げることは出来ないと脅すためのデモンストレーションが用意されていたということか。

用意周到な猛に俺はスッと心が冷めていくのが分かる。

結局、お前も俺を信用していないということだ。

ふと口端が吊り上がり、口元に笑みが浮かぶ。

「だったら始めから俺を何処へなりとも監禁すればいいだろう?それぐらいアンタには朝飯前の筈だ」

「あ゛ぁ?」

何が気に入らなかったのか、強い力でグィと顎を掴まれ無理矢理顔を上げさせられる。

「違わないだろ?」

ギロリと見下ろす漆黒の瞳を捉えて言えば猛の顔から表情が消えた。

「はっ、随分生意気な口を聞くようになったじゃねぇか。監禁?この首に鎖をつけて欲しいなら付けてやるぜ」

顎から手が離れ、ゆっくりと降りてきた指が首に絡み付く。

いっそこのまま殺してくれた方が楽かもしれない。

ふっと瞳を細めて俺は笑った。

途端、腰から手が離れ、ガァンと壁へと叩きつけられた。いや、正確には壁へと押さえ付けられた、だ。

「―っ!?」

いきなりの事に受け身も取れず、後頭部を壁にぶつけヒュッと息が詰まる。

「おい、拓磨。お前今何を考えた」

ゾクリと本能が警鐘鳴らす。威圧するような声が俺にかけられる。

「別にアンタには…」

「ふざけてんじゃねぇぞ」

ギリリと腕を掴まれ、壁に押し付けられる。

「いっ…」

痛みに顔を歪める。だが、猛は構わずに続けた。

「んぅ!?」

噛み付くように乱暴に口付けられ、唇を割って舌が侵入してくる。

「…っ…んぅ…ん…」

歯列をなぞり、逃げをうつ舌を絡めとられる。

自分と違う熱に、ねっとりと絡まる舌に翻弄される。

気持ち悪いっ…。

グッと腕に力を込めて逃げようともがくがびくともしない。

「…はっ…ん…ぁ…」

くちゅりとわざと水音を立てて、猛は唇を離した。

濃厚なキスに経験値ゼロに等しい俺は立っていられず、ガクンと足から力が抜ける。

「…っと」

それを、拘束を解いた猛が俺の腰に腕を回して抱き止めた。

「はな、せ…」

息も絶え絶えに、力の抜けた腕で猛の胸を押し返す。

「フン、馬鹿な考えはしない方が身のためだぜ」

それに俺はアンタじゃねぇ、とただでさえ弱っている体に毒のように熱と甘さを含んだ声が流し込まれた。



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